日本の音声感情解析AI「エンパス」が世界一になった理由

AI(人工知能)の音声認識技術といえば、

・アシスタント(グーグル)

・アレクサ(アマゾン)

・シリ(アップル)

・ワトソン(IBM)

といったアメリカ勢の知名度が高い。

また、アイフライテック(iFLYTEK)という中国企業も、世界のAI音声認識市場で存在感を示している。

残念ながら、日本は影が薄いのが現実だ。

そのようななか、久しぶりに朗報が飛び込んできた。2018年5月に、ヨーロッパの小国ルクセンブルクで開催されたイベント「ICTスプリング」のIT・AIコンテストで、日本の株式会社エンパス(Empath)が世界180社の頂点に立ったのだ。

エンパスは音声認識に「感情」という要素を取り込んだ。今回の受賞は、そうしたユニークな着眼点が評価された形だ。

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ルクセンブルクのAIコンテストで優勝したことの意義

国際的な科学技術イベント、ICTスプリングが開かれたルクセンブルクは、大国の独仏に隣接し国土の広さも神奈川県ほどしかなく、日本ではあまりなじみがない国のひとつだ。しかし同国はヨーロッパでは、金融の要所として重要な位置を占めている。

またアマゾンや楽天など、ヨーロッパの拠点をルクセンブルクに置くネット企業は少なくない。

ICTスプリングはそのルクセンブルクで毎年開催され、同国首相や財務大臣も主催者に名を連ねる。このイベントには世界70の国と地域から、IT、AI、フィンテック、宇宙開発などの500社5,000人の関係者が集まる。

ICTスプリングのIT・AIコンテストには180社が参加した。エンパスの受賞理由について審査員は、次のように評価している。

・マーケットが必要とする解決策を持っている

・製品として安定している

・ユニークで大きな可能性を秘めている

エンパス社の優勝の価値の高さがわかるだろう。

株式会社エンパスとは

エンパス社は2017年10月に誕生したばかりの超フレッシュなベンチャー企業だ。東京・渋谷に本社を構え、事業内容は「音声感情解析AIの開発・販売」1本に絞っている。

CEOの下地高明氏は早稲田大学卒業後システムエンジニアとして働き、経済産業省のプロジェクトに参加したこともある。

2011年にIT企業に就職し、音声気分解析の研究・開発に着手した。当時は「感情」ではなく「気分」としていた。そして2017年に独立してエンパス社を設立した。

エンパス社には下地氏以外にも、元ソニー社員、AI研究者、数学者などが在籍していて、まさに「いまどきのAI関連のスタートアップ企業」という布陣である。

エンパスの技術に「ほれ込んだ」企業には、NTTドコモ、富士通、リクシル、フィリップスといった大手も少なくない。また2018年6月にはファンドなどから3億2,000万円を調達した。

まさに「乗りに乗っている、いまどきのAI関連のスタートアップ企業」といえる。

音声感情解析AIとは

「音声感情解析AI」は、ほぼエンパス社の造語といってよいだろう。それくらい音声感情解析AIエンパスは、オリジナルな製品である。

この画期的な音声感情解析AIを理解するには、エンパスが提供しているデモンストレーション「声ダケノ感情認識テスト」を体験したほうが早い。無料で試すことができる。

声ダケノ感情認識テストを試すには、URL(https://webempath.net/lp-jpn/)を開き「START」ボタンを押す。そしてパソコンに向かって「いらっしゃいませ」と声に出す、だけである。

「いってらっしゃいませ」と言ってから数秒後に、発話者の心理状況の診断結果が出る。診断結果は、「天気」と「レベル」と「コメント」で表示される。例えば診断結果には次のようなものがある。

「晴れ、レベル3。なんて気持ちの良い挨拶! その場がパッと明るくなりますね!」

「小雨、レベル1。不調な時は休みましょう。元気になったらまた改めて挨拶に来ましょう。」

「声ダケノ感情認識テスト」は同社の主力製品エンパス(社名と同じ名称)の技術を使っている。エンパスは、音声の特徴から、喜び、平常、怒り、悲しみの4つの感情を推定する。

エンパス社はエンパスに用いているAI技術について詳細には公表していない。ただ、数万人分の音声を「AIの教師」にして、さらに独自開発したアルゴリズムを使い、音声の特徴と4つの感情を結びつけられるようにしたそうである。

エンパス社によると、すでに40カ国の500社以上がエンパスを使用しているという。

なぜエンパスがこれほど急激に普及したのかというと、人々の感情を大量かつ瞬時に読み取ることは、大きなビジネスチャンスにつながるからだ。

感情を読む行為は、心を見透かすようなものだ。エンパスを使えば、企業は消費者の心がみえるようになる。消費者の心が読めれば、マーケティングは格段に簡単になるし、正確になる。

それでは次に、エンパスの活用例を紹介する。

AI研究が進歩するにつれて、人間にどこまで近づけられるかという話題になっている。AIの研究者ではなく、一般人が持つ懸念点の一つととして、AIが感情を持てるか否かという点が挙げられ、コメントが寄せられている場面をネットやリアルでしばしば見かける。AIが感情...
AIが感情を認識する仕組みとは【活用事例もあわせて紹介】 - NISSEN DIGITAL HUB

順天堂大学医学部が監修した「じぶん予報」

エンパスの技術を搭載した「じぶん予報」は、エンパス社自身が開発したアプリだ。ユーザーは毎日、スマホにインストールした「じぶん予報」に自分の音声を入力する。「じぶん予報」が音声から感情を分析して、データを記録していく。その感情データを解析することで、ユーザーのストレス量を予測することができる。

「じぶん予報」は、企業の衛生管理や労務管理で使われることを想定している。「じぶん予報」を使う個々の社員たちは、自分の感情の変化を知ることができる。

また職場の管理職は、部下たちのストレスの増減がわかるので、それに応じた仕事配分ができるようになる。

すなわち「じぶん予報」によって、働く人たちのストレスの見える化ができるわけだ。

エンパス社は「じぶん予報」の開発にあたって、順天堂大学医学部(公衆衛生学)教授の監修を受けた。医学的な見地を盛り込んだのは、職場のストレスが社会問題になっているからだ。長時間労働による過労が精神科疾患を引き起こし、自殺するという悲劇も起きている。

厚生労働省は一定規模以上の企業に対し、社員のメンタル状況を確認するストレスチェックを義務化している。企業経営者が社員の心の健康に責任を負う時代に入っているのである。

「じぶん予報」は単なる感情当てゲームではない。エンパス社が「じぶん予報」の開発でわざわざ大学医学部のお墨付きを得たのは、メンタルヘルスビジネスへの参入を念頭に置いているからだ。エンパス社は「じぶん予報」とセットで、会社の管理職が高ストレス社員と面接しやすい仕組みづくりや職場改善サービスなども提供していく。

コールセンターの成功率をアップさせる

エンパス社は、音声感情解析AI技術を使って企業のコールセンター業務を支援する「スマートコールセンター・システム」も開発した。

エンパスを使えば、電話の向こうの顧客の「ありがとう」が、「感謝します、ありがとう」なのか「もう結構、ありがとう」なのかがわかるようになる。もしくは、担当者(オペレーター)が顧客を喜ばせたのか不快にさせたのかも数値化できる。

このシステムは、コールセンターの管理職にも、実際に電話で受け答えするオペレーターにも有益になるだろう。

このシステムを使えば、顧客を喜ばせて営業成績をあげているオペレーターと、そうではないオペレーターが一目瞭然になるので、管理職はオペレーターを正当に評価できるようになる。

また営業成績を上げているものの、強引な営業トークで顧客満足度を下げているオペレーターをみつけることができる。そのようなオペレーターは、結局は顧客離れを招くことになるので、コールセンターとしては困る存在だ。

しかし顧客の音声の感情を分析できれば、強引なオペレーターを見つけだし再教育することができる。

オペレーターが、自分が応対した顧客の感情をみることができれば、どのような言い方が客を喜ばせ、どのような言い方が客を怒らせるのかがわかる。スマートコールセンター・システムは、オペレーターたちの自己研鑽にも役立つというわけだ。

またスマートコールセンター・システムを導入すれば、職場環境を改善でき、オペレーターの離職を防ぐことができるかもしれない。オペレーターの音声を解析すれば業務中の感情がわかる。それを元にストレスのかかり具合をチェックすれば、離職される前に企業がケアすることができる。

まとめ~So What?に答えられるか

エンパス社の幹部は、AIや音声認識に関連するビジネスでは、「So What?(それで?)」に対する答えが重要であると話している。

「音声で人の感情が読み取れるようになった。それで何ができるのか」という問いに答えることが、AIベンチャーをスタートアップ企業に成長させ、さらに夢の「ユニコーン企業(10億ドルの価値がある非上場企業)」になるための最低条件になる。

エンパス社は見事に「メンタルヘルス」と「コールセンターのソリューション」という2つの答えを見つけだしたわけである。

自然言語処理で世界をリードする、先進的な英国のスタートアップディープラーニングのブレイクスルーを皮切りに、人工知能(AI)の活躍の場は、今なお拡大の一途をたどっている。日本でも海外でも、独自開発のAIを武器とした多くのスタートアップ企業が誕生し、多様な...
AIが感情を分析して言葉を生成し、ユーザーの興味やアクションを促す - NISSEN DIGITAL HUB


<参考>

  1. 日本発、「音声感情解析」のスタートアップに世界が注目(WIRED)
    https://wired.jp/2018/06/29/ict-spring-luxembourg-empath/
  2. 小さなIT先進国の野望(日本経済新聞)
    https://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130128/242928/
  3. ICT SPRING EUROPE 2019(ICT SPRING)
    http://www.ictspring.com/
  4. 株式会社Empath(エンパス)
    https://webempath.com/jpn/about_us/
  5. 音声感情解析AIのEmpath、総額3億2,000万円の資金調達を完了(エンパス)
    https://webempath.com/jpn/news/966
  6. Team(エンパス)
    https://webempath.com/jpn/teams/
  7. Emotion AI in the age of the voice(エンパス)
    https://webempath.com/jpn/
  8. 声ダケノ感情認識テスト(エンパス)
    https://webempath.net/lp-jpn/

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