AIこそが放送通信業界の生き残り策~NISSEN DIGITAL HUB MEET UP #1

「次の時代の放送通信とAI技術を考える」をテーマにしたセミナーイベント「NISSEN DIGITAL HUB MEET UP #1」(主催、日宣)が2019年2月28日、東京都内で開かれた。

NISSEN DIGITAL HUB(*1)は、法人向けにAI(人工知能)やデータ分析などの活用事例を紹介しているWeb版AI情報メディアだ。

第1部のトークセッションでは、競馬予測AIの開発者や放送会社系列のAI自動撮影カメラシステムの開発者たちが登壇し、放送業界が抱えるコストの壁を、「AI、ローカルコンテンツ、広告」で乗り越える道を模索した。

第2部の事例紹介では、アフリカでのITビジネスの可能性を提唱したり、IT企業が自社の先進的なITサービスの紹介が行われた。

約30名のイベント参加者は、AIが身の回りの生活にすでに浸透していることに驚いているという意見も見られた。

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(写真: イベントの様子、各業界からAIの活用方法や具体的な理解を学習する参加者たち)

「放送とAIと広告」はどのような化学反応を起こすか~第1部:トークセッションから

第1部のトークセッションのメンバーは次のとおり。

・司会:株式会社日宣、岡部謙介氏

・AI関連:株式会社GAUSS、代表取締役、宇都宮綱紀氏

・放送関連:ABCドリームベンチャーズ株式会社(朝日放送系投資会社)、白井良平氏

・広告関連:株式外社日宣、折笠史典氏

司会の岡部氏はまず、宇都宮氏に「AIとは」について説明するよう依頼した。会場の参加者のなかには、AIについて詳しくない人がいたからである。

GAUSS・宇都宮氏「AIの役割は識別と選択肢を減らすこと」

(写真: AIの可能性を力説する株式会社GAUSSの代表取締役、宇都宮綱紀氏)

宇都宮氏がAIを用いた事業ケースを解説した。

AIが社会に貢献できるのは、「識別」と「選択肢を減らすこと」という2つの能力があるからだ。

識別とは、例えば、赤が赤であることを認識することである。識別は人には簡単にできることだが、従来の非AIのコンピュータではできなかった。識別能力があるAIを開発したことで、コンピュータの可能性が飛躍的に高まった。

そしてAIが不要な選択肢を減らせるようになると、人は膨大な量の選択肢をすべてチェックする手間から解放される。AI時代では、人は、AIが不要な選択肢を取り去った後に少数の選択肢のなかから最良なものを選べばよいのである。

Web上には大量の動画があふれている。これらを正確に識別して不要な選択肢を減らすことができれば、新しい動画ビジネスの創造に寄与するだろう。また、既存の動画ビジネスを発展させることもできる。

宇都宮氏のGAUSSは、競馬予測AI「SIVA」を開発し世間を驚かせた。宇都宮氏が「SIVAを使えば30%の利益を生むことができます」と発言し、周囲を驚かせた。

司会の岡部氏が「SIVAを信じて1,000万円で競馬をやれば1,300万円なるということですね」と質問し、宇都宮氏によると、競馬予測AIはGAUSSのAI技術をPRするデモンストレーション・ツールであり、これによって利益を得ているわけではない。

ただその宣伝効果は絶大で、GAUSSは現在、世界的なソフトウェア企業オラクルと連携し、AIプラットフォームをつくり、顧客企業のAI利用をサポートしている。

サービス内容は、データの収集からデータのクレンジング、機械学習の構築などとなっている。

ABCドリーム・白井良平氏「AI自動撮影カメラで放送コストを10分の1に」

(写真:イスラエルの企業に投資した経緯を語るABCドリームベンチャーズ株式会社 白井良平氏)

トークセッションの話題は、AI自動撮影カメラに移った。

白井良平氏が勤務するABCドリームベンチャーズ株式会社は、近畿地方のテレビ局、朝日放送系列の投資会社である。同社は2018年11月に、AI自動撮影カメラシステムを手がけるイスラエルのスタートアップPixellotに出資した。

白井氏は会場のスクリーンに、AI自動撮影カメラが撮影したバスケットボールの試合を流した。カメラはボールを持つ選手を追い、ところどころでズームになった。AIによる自動撮影でここまでの動画を制作できることを紹介した。

白井氏は、AI自動撮影カメラは、ボールや特定の選手を追跡しやすいバスケットボールの撮影に向いていると解説。そしてAI自動撮影カメラを使うメリットとして、コストダウンを挙げた。

白井氏によると放送業界(テレビ業界)には、次の2つの大きな課題がある。

・広告収入が落ちているので制作費をコストダウンしなければならない

・マス(大多数)を相手にしたコンテンツ制作に限界が訪れている

つまり放送会社としては、好みが多様化・複雑化した視聴者に受け入れられるコンテンツをつくらなければならないうえに、費用対効果を追求しなければならない。

白井氏は「スポーツ番組の制作であれば、これまでは1試合に100万円の予算を投じてきたイメージ。これからは100試合に1万円を投じるようなことをしていかなければならない」と説明した。

例えば、地方のアマチュアのスポーツ大会をテレビ番組にして放映すれば、参加者は「自分が映った」というだけでコンテンツに対する満足度が上がる。

ただ、100試合分のスポーツ番組をつくれば、制作費がかさむ。そこでこれからの放送業界には、AI自動撮影カメラのように、人手がかからずローコストながら撮影クオリティーを維持できる高度な技術が欠かせないわけだ。

ここで司会の岡部氏がグーグルの広告戦略について紹介し、グーグル方式を使えばローカルコンテンツでも十分収益を確保できるだろう、との見解を示した。

その根拠は次のとおりである。

日宣・岡部氏「AIで視聴者分析をして広告配信すれば良い」

(写真: ユーモアを交えながらトークセッションを進行する株式会社日宣の岡部謙介氏)

岡部氏によると、グーグルは、ユーザーの属性を細かく分析し、年齢、趣味、興味などのジャンルでカテゴライズして、そのユーザーが好みそうな広告をパソコンやスマホに表示している。

放送でもAIを使えば、視聴者の好みに応じた広告を提示することができ、広告収入が上がるだろう、というのだ。

また、テレビ番組の制作費のコストダウン策についてGAUSSの宇都宮氏は、AIが放送コンテンツをつくることは可能だろう、と述べた。例えばWeb上の無数の動画の視聴データをAIに解析させ、視聴率が高い部分だけをつなぎ合わせればより魅力的なコンテンツができる、という。

続いて日宣の折笠史典氏が、ローカルコンテンツとケーブルテレビとの関係について解説した。

日宣・折笠氏「ローカルコンテンツはビジネスになる」

(写真: ケーブルテレビとローカルコンテンツの可能性を説明する株式外社日宣の折笠史典氏)

日宣の折笠氏は、放送会社と視聴者とコンテンツ会社をつなぐ仕事に携わっていて、特にケーブルテレビに深く関わっている。また広告業界についても深い知見を持っている。

折笠氏によると、地方のケーブルテレビ・ビジネスはWeb動画という強力なライバルが現れたことで岐路に立たされている。しかし折笠氏は、ケーブルテレビ会社の番組制作機能に注目し、「ローカル情報に徹した番組をつくれば、大化けする(大ビジネスになる)可能性がある」と、その将来性について語った。

そして、地方のケーブルテレビ会社が個別にビジネスを展開するのではなく、連携する必要がある、とも述べた。例えば、高校野球の地方予選を徹底的に中継すれば魅力あふれるコンテンツになる。

司会の岡部氏が、「AIの宇都宮さん、放送の白井さん、広告の折笠さんがせっかくこの場に集結したのだから、AIと放送と広告を連携させて、新しい放送と通信の世界をつくっていきたい」と第1部を締めくくると、会場から大きな拍手が起きた。

「ケニア」「チャット」「高齢者と孫」「はんこ」でITビジネス~第2部:事例紹介から

第2部はIT系やWeb系の最新ビジネスが紹介された。
キーワードは「ケニア」「チャット」「高齢者と孫」「はんこ」である。

伊藤氏「今こそ日本のIT企業はケニアに進出を」

(写真: 日本企業のアフリカビジネス進出を支援するコンサルティング会社設立した伊藤正芳氏)

伊藤氏は食品メーカーに就職したのち、2016年にJICAケニア事務所にABEイニシアティブ推進担当として赴任。さらに2019年2月にその任期を満了して帰国すると、日本企業のアフリカビジネスを後押しするコンサルティング会社を設立した。第2部で最初に登壇したのは、日本のIT企業は今こそアフリカ・ケニアに進出すべきだ、との持論を展開した伊藤正芳氏。

伊藤氏はまず、ケニアという国の2面性について紹介した。

ケニアは、ゾウやキリンやサイがいる自然王国でありながら、アフリカのビジネスセンターでもある。首都ナイロビには高層ビル群が形成され、毎日深刻な自動車渋滞に悩まされている大都市なのである。

したがって、ナイロビでは当たり前のようにテレビが普及しているが、少し郊外に出ただけでテレビの普及率は2%に低下する。

ところが、スマホの普及率は、都市部でも地方でも高く、「ケニアはITへの親和性が高い国」でもある。

最近は中国が積極的にケニアに進出し、日本企業や日本の大学の視察も増えているという。伊藤氏はさらに、2016年8月にナイロビで開かれたアフリカ開発会議に安倍晋三首相が出席したことを紹介した。

伊藤氏は日本のIT企業がケニア進出するメリットとして、ITへの規制が緩いことを挙げた。日本国内では電波規制が強く、放送や通信の実証実験を行いにくいが、ケニアではそのようなことはない。

朝日放送系の投資会社、ABCドリームベンチャーズの白井氏は「アフリカ投資は有望だ。東南アジアや東アジアを超えないと投資パフォーマンスが出ない時代」と感想を述べた。

さらに司会の岡部氏が「みんなでケニア視察に行きましょう」と会場に呼びかけると、10名ほどが参加の意向を示した。

iDEAKITT・日向氏「チャットが消費者の本音を引き出す」

(写真: チャットを活用したマーケティングシステム「チャットキャスト」を紹介する、株式会社iDEAKITTのエグゼクティブオフィサー、日向徳旭氏)

株式会社iDEAKITTのエグゼクティブオフィサー、日向徳旭氏は、同社が開発したチャット機能を活用したマーケティングシステム「チャットキャスト(Chat Cast)」を紹介した。

チャットキャストは、マーケティングの「聴く(LISTEN)、質問する(ASK)、伝える(TELL)」のうち、ASKを実行するツールである。

ある企業が優れた商品やサービスを開発しても、顧客やユーザーの声を聞き忘れると、本当に望まれるものにならないことがある。そこでスマホのチャット機能を使って顧客に適切なASKをすることで顧客の本音を引き出し、それを商品やサービスを改良するときの資料にするのだ。

またチャットキャストを使うと、マーケティングのコストが3分の1になり、データの収集と分析の期間が2分の1になり、さらにデータのクオリティーを上げることができるという。

データのクオリティーを上げるためにiDEAKITTでは、質問をする対象者の質にこだわっている。チャットキャストなら、例えば「ガソリンスタンドでバイトをしている大学生」や「特定のスーパーをよく使う未就学児の子供がいる共稼ぎの女性」といった特殊なカテゴリーの人たちにASKすることができる。

チカク・梶原氏「高齢者と孫をつなげる『まごチャンネル』」

(写真:「まごチャンネル」をTシャツでもPRする株式会社チカクの代表取締役、梶原健司氏)

株式会社チカクの代表取締役、梶原健司氏が紹介したのは、両手にのるくらいの白い箱「まごチャンネル」だ。この箱にはスマホに使われているSIMカードが搭載されていて、テレビにつなぐことで遠隔地の人とコミュニケーションを取ることができる。

遠方の家族が孫の写真や動画をスマホで送ると、祖父母の茶の間の白い箱(まごチャンネル)がそれを受信する。

まごチャンネルはデータを受信すると光り、祖父母に写真や動画が届いたことを知らせる。

まごチャンネルはテレビのリモコンで操作するので、高齢者でも直感的に扱うことができる。

リモコンでまごチャンネルを起動させると、テレビに孫の写真や動画が映し出されるというわけだ。

梶原氏はアップルジャパンに新卒で入社し、12年間にわたってiPodなどマーケティングを手掛けた。その後独立し、2014年にチカクを創業した。

テックファーム株式会社 外山 庸介氏「スマホを活用した電子スタンプで顧客との接点を増やす」

テックファーム株式会社の外山氏は、スマホに「ハンコを押す」電子スタンプを紹介した。同社はベンチャー企業でありながら、年商40億円、社員200名の規模を誇る。

この電子スタンプは、見た目は道の駅などに置いてあるスタンプラリー用の大型のハンコと同じだ。これをスマホに、ハンコを押す要領で接触させると、スマホの画面に「ハンコが押された」画像が現れる。

例えば飲食店がこの電子スタンプを使えば、押印を貯めた顧客にクーポン券を発行するといったサービスを提供することができる。

まとめ~AIは人々に寄り添いながら放送と通信をよくする

今回の「NISSEN DIGITAL HUB MEET UP #1~次の時代の放送通信とAI技術を考える」はAI情報メディア「NISSEN DIGITAL HUB」にとって初めてのイベントだった。

AIだけでなく、これから5Gも身近な存在になる。AIも5Gも未来を明るく照らす先端技術だが、ITに携わっている人ですら「まだよくわからない」人はいる。一般の人であればなおさらだろう。

そのような状況のなかで、AIの第一線の人たちがわかりやすく「未来の絵」を示してくれた。

そしてAIは、放送や通信を「劇的に一変」させるのではなく、視聴者や消費者たちに「寄り添う形でマイルドに変化」させていくこともわかった。新しい形の放送と通信が楽しみになる話がたくさん出たイベントだった。

(写真: イベントの様子、AIテクノロジーとどのように付き合っていくか議論する登壇者)

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