日本の食品業界がAI導入で遅れている理由とは

食品業界でのAI活用は国内ではまだまだ進んでいない。メジャーではキユーピーがAIを活用し作業の効率化を図るものの、衛生安全面の問題があるためAIによる完全自動化は実現しにくい。AIの誤った判断により食中毒などの問題が生じては、企業に大きなダメージを与える。

とはいえ、AIの導入がまったく検討されていないことを意味しない。中国では、国を挙げてのAI活用を模索、食品業界でも実用化段階へと移行している。

では、食品業界のどの部門でAI導入が考えられるのだろうか。

AIは食品業界のどの分野で活用されるのか?

食品業界を支える食品産業と食品工業

食品業界と一口にいうが、食品産業とそれを支える食品工業から成り立つ。この2つはお互いに支えあう。食品を作り、それを販売するのが食品産業だが、そのニーズを受けて食品を作るための機械を食品工業が開発・製造を行なう。製造された機械をもとに、新しい食品が生まれ、それに伴いニーズも引き出される。この意味で、食品産業と食品工業は切っても切れない縁で結びついている。

職人により手作りから始まった食品の製造だが、そこに器具や機械が導入される。長崎で創業したちゃんぽん専門店「リンガーハット」では、ちゃんぽんを作る機械を導入、キッチンスタッフが機械を作動するだけで、ほぼ自動的にちゃんぽんが作られるという。人間による手作業と違い完成した食品は均一化されるので、店舗ごとに味や量が異なることもない。このように、食品の製造は自動化によって作業の効率と大量生産が可能になったといっても過言ではない。

キーワードは自動化

食品業界にとってキーになるのは、「自動化」だ。RPA(Robotic Process Automation)が注目されるが、今に始まったのではなく食品業界に限らず自動化は進められている。AIを食品業界に導入するにせよ、AIに作業を任せっきりというわけにはいかない。AIの代名詞として語られる「ディープラーニング」。ビッグデータを活用して学習、その結果を出力するというプロセスを経るが、このビッグデータを学習し最適な出力を得る処理は、ブラックボックス化されている。そのため、AIの出した結論を検証するのは、非常に困難だ。とくに食品業界にとって、食中毒や異物混入のような問題は致命的である。AIによる処理を理解できないのでは、起こりうる問題に対処できない可能性がある。自動化にせよAI導入による作業の効率化にせよ、人間との協働で生産管理や品質管理を行なうことになるであろう。

食品業界でAI導入可能な分野

食品業界でAIを導入可能な分野として、以下のものが挙げられる。

まずは、経営における意思決定の支援や生産計画の立案といったマネジメントに関わる分野だろう。IBMが開発したワトソンが代表例で、これによりビッグデータに基づき営業支援やエンジニア支援など、さまざまな業務でマネジメントをサポートする。

ただしマネジメントにおけるAIの活用は、食品業界に限らない。そこで本稿では、食品業界で重要となる品質管理や在庫管理でのAIの活用について述べたい。

AIがもたらす新しい食品業界の形とは? (etc. 品質管理編)

食品業界と衛生安全の問題は切り離せない

手作りから器具、そして機械の活用という変遷が、食品製造の歴史である。食品製造と一口でいうが、原材料の前処理加工や、食品の成型、原材料の計量など広範に及ぶ。原材料の荷揃えや計量にも自動ロボット機能が求められ、ヒューマンエラーを防止するためにAIを活用した計量も考えられよう。

原材料の計量も品質を保つという意味では品質管理の問題に該当するかもしれないが、食品業界において一番大きな課題は、異物を検出し除去することではないだろうか。TVや新聞といったマスメディアで、食中毒の問題が大きく取り上げられることが多い。人体に影響を及ぼす問題は大衆の関心を集めるからにほかならない。雪印乳業が2000年に食中毒事件を引き起こし、その結果バッシングを受けた。雪印乳業の大阪工場は閉鎖、ブランド名もメグミルクに変更するなど、その余波は大きい。

食品業界では、異物対策は共通の課題として重きを置かれ、それ自体が独立した技術分野になっているという。穀物から異物や夾雑物を取り除くために、篩分機や磁器選別機が用いられてきた。ただし用途や対象異物が限定されるために、一般的な加工食品に活用できないという。

AIを活用し異物検出を支援

異物検出では、検出技術と判断技術の2つが要になる。検出技術というのは、異物を検出する方法で、たとえば電磁波がその一例である。他方、得られた画像情報から異物であるか判断できるかどうかは、判断技術の側面だ。画像認識はAIが得意とする用途の一つであり、異物検出の分野でAIが活用されることが期待される。

品質管理で欠かせないのは、製品の品質基準書にしたがって検査分析を行ない、これを基準値と比較し合否を判定する品質検査の工程だろう。狭義では、品質管理というとこの品質検査を指すが、この工程でのAIの活用も考えられよう。

ただしAIに頼らなくとも、分析技術の自動化は行なわれてきたという。質量分析など物質を同定する際に、データの照合等で自動化は作業の効率化へとつながる。AIを導入することで、その確度を高めるのは可能だろう。

ヒトとAIとの協働が望ましい

もうひとつは、分析結果の評価と合否判定である。AIを活用し客観的な判断を求めたいという意図も頷ける。しかし 100%の精度を求める作業はAIの特性上不向きだといえよう。AIが誤った判断を行ない、それにより食中毒が起きればたちまち大問題となる。ところが、AIとくにディープラーニングをはじめとする機械学習の処理はブラックボックス化されており、その処理の妥当性をヒトが判断しかねるという弱点がある。

食品の出荷合否にAIを活用し参考データを提示することは可能だろうが、最終的な合否判断はやはり人間にゆだねられるのではないだろうか。

AIがもたらす新しい食品業界の形とは?(etc. 在庫管理編)

すでに自動化が進む在庫管理

品質管理以外にも、生産計画や生産管理、出荷までを管理する生産システムや、企業の業績を向上させるのを目的とする在庫管理といった部門が含まれる。品質管理では100%の精度が要請される作業が求められるためAI導入は不向きであるが、在庫管理等では効率化が求められるのでAI導入に適した分野といえるかもしれない。

ただし現状でも、在庫管理の工程では自動化がかなり進んでいる。ほとんどの商品にはバーコードがついており、これにより業務の効率化や省力化が行なわれる。ただし食品の場合、完成品の段階でバーコードをつけての管理は可能だが、その前段階の食品、たとえばパンや魚などバーコードをつけにくいものも存在する。とはいえバーコードさえあれば、データ化された情報をもとに機械学習を行ない、業務の効率化や売り上げの最適化を実施する等が考えられる。事実、三菱総合研究所は「巧AI」と呼ばれる在庫管理を最適化するツールを提供する。

自動化しきれない工程でAI導入の可能性が

このほかにも原料の計量といった自動化が難しい工程でAIが導入されるのが期待されるが、それと同時に自動化にかかわる機械の設備の問題が生じる。つまりソフトウェアとハードウェアの両面の実現があってはじめて、生産管理等の実現が可能になるだろう。

とはいえ、AIを搭載した機械に100%任せっきりというわけにはいかない。食品業界では衛生安全性の問題を無視できない。AIの処理により食中毒の問題が生じては、企業にとって致命的だ。AIとそれの管理者、さらには経営責任者とが協働する形が求められるだろう。

AI、とくにディープラーニングのような機械学習の厄介な点は、その処理をヒトが判断しにくい点にある。機械学習の処理の妥当性を検証できないようでは、その処理を鵜吞みにはできない。ヒトによって検証できるシステムの導入も考えられる。一例として挙げられるのが、ディープラーニングによらないAI、たとえば決定木によるシステムの実現だろう。

中国のAI導入事例から見える未来

食品業界、とくに日本でAIが導入されている事例は多くない。その主な理由が、衛生安全面の問題と食品業界とが切っては切れない関係にあることに起因する。日本では食品業界でAIの導入を試みているのはメジャーどころでキユーピーが挙げられるが、画像認識のような比較的AIが導入しやすい工程に限られる。

その一方で中国では、アリババによる食品業界へのAI導入事例も存在する。魚にQRコードをつけるという驚くべき管理法を実施するなど、ビッグデータを活用する戦略がすすんでいる。その背景には国を挙げてのAI政策の実施がある。中国に対抗するのは予算面で厳しい部分があるものの、今後日本の食品業界がどのように迎え撃つのか興味が尽きない


<参考>

  1. リンガーハットは、なぜ「復活」できたのか(東洋経済オンライン)
    https://toyokeizai.net/articles/-/60961
  2. 雪印乳業の乳製品による集団食中毒事件(失敗知識データベース)
    http://www.shippai.org/fkd/cf/CA0000622.html
  3. AI技b術を活用した製造プロセス・在庫適正化などのデータ解析サービス(三菱総合研究所)
    https://www.mri.co.jp/service/201708_023217.html
  4. IBM Watsonとは?(IBM)
    https://www.ibm.com/watson/jp-ja/what-is-watson.html
  5. IBM Watsonの現在(光技術コンタクト Vol.55 No.12)
  6. 「AI技術の発展と食品機械工業の将来」(Fooma技術ジャーナル Vol.13 No.1)
  7. 「画像認識で検品改革 良品選別、効率2倍に」(日経コンピュータ 2018年5月24日号)
  8. 「データ収集や在庫管理でバーコードを活用」(月刊自動認識 2009年12月号)
  9. 「生簀の魚にQRコード アリババの店舗革命」(日経コンピュータ 2018年7月19日号)
  10. 『在庫マネジメントの基本』(石川和幸 著)
  11. 『食品工場の品質管理』(弘中泰雅 著)
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